キルギス 2
Kyrgyzstan 2
2023年7月16日~8月12日
ゲル
放牧
ゲル 放牧
わんぱく小僧
おてんば娘 1
おてんば娘 2
氷河
氷河
ソンニクル湖
山
険しい山
険しい山 氷河の流れ
キルギス
Note
【日程】
2023年7月16日(日)~8月12日(土)
3年に及んだコロナ禍。年齢74歳。
体力、気力、健康なうちに旅行会社のパック・ツアーではないパーソナルな山歩き撮影の旅。
相棒のアメリカ人、デビッド51歳の推薦地。
中央アジア、イスラム教、旧ソビエト連邦、シルクロード、ジンギスカン、天山山脈、オアシスの国、キルギスに決定。
NHKで放映されたシルクロード、天山山脈という心地良い響きもあって、旅先に選んだ。
7月15日
出発前日。
デビッドに待ち合わせ場所と時間を確認。JR名古屋駅の銀時計に8時半。
JR中山寺駅でジパング倶楽部を利用し、ひかりの自由席をとる。翌朝5時半に娘に迎えを頼む。
7月16日
出発当日。
朝4時半起床。5時にデビッドからメール。夏休み前の3連休で混雑するから8時に名古屋に来てほしいとのこと。えー、前日確認したのに。
娘に連絡がつかなかったが、5時過ぎに来てくれたので5時45分のJR普通に乗り、大阪で乗り換えて新大阪に6時半に到着。名古屋にゆっくり行こうと思い、ひかりの自由席をのぞみの自由券に変更。それが裏目に出た。満席で立っていく。
7時50分名古屋着。8時にデビッドと合流。中部国際空港に9時前に到着。すぐに搭乗手続きをし、ゆっくり過ごす。(兵庫県城崎温泉のお菓子屋・角谷製菓のCM制作のため角谷ジャンパーを着て撮影)。
10時30分に韓国インチョン空港に向けフライト。13時頃到着。
17時30分、カザフスタンのアルマトイ国際空港に向けフライト。機内は窓際で通路側の2人掛け。エコノミーでもそれなりの広さがあって快適。機内食は本場焼肉ビビンバ。口に合って美味しい。パイナップルジュース3杯お代わり。
神戸からきた3人男性グループと談笑、11時半頃カザフスタンに着。いつものように空港内で時間調整のため仮眠。
デビッドもいつものように空港内を散策。
お店の人と仲良くなり、素泊まり2000円のホテルを予約。早速徒歩5分位のホテルに移動してシャワーを浴び、エアコンなしの部屋で爆睡。
7月17日
チェックアウト後、ホテルの売店でクロワッサンとサンドイッチを購入。300円。(日本円で800円くらい)。コカ・コーラ80円を買い腹を満たす。
「こんなに安いの?」とデビッドに聞くと、カザフスタンは年収約97万。キルギスは年収約35万円だからもっと安いよ、と言う。
朝食後空港に戻り、400km先のキルギスの首都ビシュケクへ向かうため、タクシーの運転手と値段交渉。相場の10,000円を8,500円に値切る。
運転手はウイグル族系のムスファさん、56歳。運転歴32年で車は古い日産ブルーバード。奥様はロシア人。子どもは男27歳、女23歳の2児の父。道路は中国の一帯一路の構想で作られていて現在も工事続行中。散水車が走ってはいるがすごい砂埃。モンゴルまで直線のため約160km/hで疾走。怖い怖い。警察のスピード検問、交差点、学校がある場所では段差が作られていて、スピードダウンするようになっている。
6時間近くかかるところを3時間!途中、大平原の中にポツンとジンギス・カンの銅像。10万、いや100万の軍隊をもってしても点でしかないのではないかと思う。
キルギスとの国境で運転手ムスファさんとお別れ。出国、入国審査に向かうが審査に時間がかかる。入国時も同様、時間がかかり、心配でデビッドも見に来てくれる。どうして時間がかかったのかわからないまま入国。
検問所を出てタクシーの値段交渉をし、宿舎のアップルホストに向かう(6年前にデビッドが宿泊)。45分くらいかかって600円。
夕食はアップルホスト併設の食堂でとる。イスラムの国なので当然豚はなし、チキン&ビーフ。給仕の女性はヒジャーブの人も。日本のように外でアルコールを飲んでいる人がいないので、路上の酔っ払いや酒の席での議論、説教はなし。非常に穏やか。空気感は、小学校の頃の乾燥で熱風が通る渡り廊下を思い出す。チキン半身の塩味焼き、サラダ、野菜スープ、パンを注文。非常においしい。
ホテルの受付で宿泊手続き。バスの停留所とマーケットに散策と両替に行き、ホテルの部屋で荷を解く。
7月18日
朝、ホテルで食券をもらってオムレツ、野菜スープ、サラダ、パンを注文。
食後、デビッドとフロントで旅パンフレットを見ながら撮影プランを練っていると、ホテルの女性オーナー、アイグルさんとお孫さん2人、後で大変お世話になるドクターのお母さんを含め、一族と偶然出くわす。アイグル女史とデビッドは6年前に来た時からの顔見知り。
アラアルチャ国立公園の撮影スポットに行くには3時間の登りの後、6時間の急登。合計9時間。
74歳の僕には負担が大きすぎると言うと、30kgまで持ってくれるポーターさんはいるから頼んでみようかと言ってくれる。2人の荷をワンバックにし、荷揚げ・置き帰りという契約。タクシー出発時間は早朝4時発。5時から登りだそうと決める。アイグル女史からキルギス伝統の山高帽と国旗が刺繍された野球帽をプレゼントされた。
朝食後、フロントで明日の国立公園登山を再プランニング。
10時半頃、トイレに行く際、階段で滑るのが怖くて安全のためにわざわざサンダルと靴下を脱ぎ素足になる。たった2段の階段をすべって角で右の肋骨強打。砂漠の国のオアシス国家で年間の降雨が70日くらい。カラカラに乾燥して、加えるに年齢のため体の水分が減っている自覚がなく、すべる。その夜は横になると圧迫されるので座って何とか過ごす。
7月19日
やっと空が明けはじめ、気持ちはほっとするが、耐えられない痛み。事故がなければホテルを出て山を撮影する予定。夏休みのため予約満室で系列ホテルにタクシーで移動。途中、カーブでまた痛める。
ホテルのオーナー自らシルクロードホスピタルに連れて行ってくれる。そこでCT検査。撮影するので寝てくださいと言われるが痛くて体勢が変えられない。やっと撮影が終わり、診断。肋骨骨折2、ひび2、昔の古傷2骨折。薬局で処方箋の薬をもらって帰る。
まさか外国で、それも旧ソ連連邦総合病院で診察してもらえるなんて。連れて行ってもらえただけでほっとしている自分がいる。ドクター・お母さんのアドバイスと口利きがなければありえないことだ。
夜、デビッドと旅を続行するか、帰国するか、5日後の再診結果を見て判断することにする。デビッドには予定の撮影行動をしてほしいと伝える。
無念の帰国となると2つの金銭的問題が起きる。
1、ヘリコプターのツアー会社に名峰ハン・テングリ(7,010m)撮影費用を10万円支払い済。キャンセルする際は金銭交渉。
2、帰国時の飛行機代(往復券支払い済)。
1の会社と電話連絡がつかないのでメールで連絡をするが返事がない。
食後、薬を塗り、湿布を貼り、アンプルを注射液と思いつつ飲む。あまり痛さが引かないので眠れない。
7月20日
体調不良。当たり前。鎮痛薬のアンプルを飲んでいるが痛みが引かない。
それでも昼過ぎに体が軽くなり、ホテルの庭を歩き、外にも散歩に出る。デビッドに旅を続行できるかもと伝える。
7月21日
朝、デビッドはホテル主催のアラアルチャ国立公園、1泊2日ツアーにフランス人カップルと出発。
ドクター・お母さんに処方薬の相談。アンプルを飲んでいると言うと大笑いされ、腰に注射された。
消毒液はウォッカ。急に痛みがやわらぐ。デビッドも山の撮影に出たので久しぶりに爆睡。
身の硬直感が和らぎ楽になってきたので街を散策。トレーニングに5千歩を目指して歩く。
マーケットで常食料、オレンジ、バナナ、ヨーグルト、ロシアビール等、歯磨きを買う。
7月22日
ホテルがあるのは首都ビシュケク郊外。背の高い街路樹、ポプラのグリーンベルト。札幌の街のような感じ。朝夕は湿度がなく、すっきりと涼しく気持ちが良い。
歩道は清掃されていてウォーキングする人も多い。ドクター・お母さんとも会いウォーキングを教えて貰う。
ホテルは客が多く、食器の後片づけを手伝う。最後の注射を打ってもらい、その後消毒のウォッカを飲む。久し振りのアルコールで昼寝で爆睡。おかげで夜は寝れない。
7月23日
レントゲンでの再診日。オーナーのアイグル女史が自ら車(ホンダ)を出してくれて病院に向かう。
レントゲン科でフイルムを見てもらうと「自然治癒だから大丈夫、帰りなさい」と再診無し。ロシアの高度医療教育を受けているので安心。
夕方、デビッドが山の撮影から帰ってくる。良いのが撮れたらしく、やたらと見せに来る。
夕食時、ドクター・お母さんのお父さんと会う。ジンギス・カンの血を引いているのか、東洋人系でとにかく岩のようにでかい。歓迎の馬乳酒をすすめられてどんぶり1杯飲む。だんだんなれてはきている。
お父さんの所有車はトヨタ・ランドクルーザー、ピックアップトラック。日本では見たこともないロング・ワイド・ビッグサイズ。
夕食後のおしゃべりタイム。ドクター・お母さんの孫娘は、1ヶ月後、シンガポールに留学する。日本のことをよく勉強しているのか知識がすごい。世界一信用あるパスポートは日本。忘れた財布が戻ってくる。トイレ、街が綺麗。犯罪が少ない等、びっくりするほど。最初の興味はアニメ、映画、ラストサムライからとの事。このパターンは世界共通のようでもある。
7月24日
仲の悪いカップル、各自で朝食。こちらも話す雰囲気にならない。日本にも行ったことのあるイタリア人家族と話が弾む。
デビッドは朝からイングリッシュ・レッスン。その後、買い物(いつもの常備食)がてら、散策トレーニング(1万5千歩)。だいぶ歩けるようになってきた。
7月25日
朝はゆっくり。今日も買い物がてら散策トレーニング。
ビール、痛み止めの注射液、消毒用のウォッカ、歯磨き、300円の焼き立てパン(非常に美味しい)を歩きながら食べる。
ドクター・お母さんの帰宅が遅く、注射してもらえずで寝る。
7月26日
朝9時から今回の遠征のハイライト、名峰ハン・テングリ(7010m)に向かう。
ヘリコプター・ツアーの旅行会社に行く。(年収35万円の国で10万円のツアー。)参加メンバー、シリア人の男女2名、ロシア人の男性7名の計11名。
ベンツの大型バスでカルカラ・ベースキャンプのヘリコプター基地に向かう。運転手は120km/hくらいで、追い越し車線だけを他車をどかして走り、超・強気運転6時間。こちらは心臓バクバク。道はここも中国の一帯一路構想で工事車両あり。宿舎には中国旗がはためいている。最後の1時間半は砂ぼこりのアップダウンのがたがた道。これが簡単なアスファルト舗装により1~2年でハイウェイとなる。
そうこうしてるうちにカルカラ・ベースキャンプに到着。荷物はバスからトラックに積み替えられ、各自テントに配達される。早速、今宵のテントで荷を解いて、待望の温水シャワー、水洗トイレでさっぱり。
夕食はビュッフェスタイルでご馳走。美味しい。卵、肉、野菜料理各種、スープ2種、スイカ、メロン、ブドウ各種、クッキー、チョコレート、飲み物。年を取ると単独のテントで頑張るより、快適さが生活ベースになっている自分がいる。テント内は最初は熱く、徐々に室温が下がってきて快眠。
7月27日
朝、シャワーの後、本日フライト予定のロシア軍の払い下げ迷彩色の軍用大型ヘリコプターを見に行く。ジャンボくま蜂のようなでっかさで大迫力。小川を挟んで隣国カザフスタンとの国境。国同士仲がいいので緩衝地帯無しで見れる風景。
朝食、美味しいビュッフェスタイを食べる。ヘリコプターでの空撮は席によって撮れる風景が全然変わるので重要。北アルプス、アルゼンチンウシアイア、ネパールでも経験した。
機内に入り、さっそく撮影準備開始。高度が上がり撮影ポイントに来ると、前に座っていた迷彩服のロシア人アーミーが窓を開け放ち、操縦席までつれていってくれる。窓を開けてくれるだけでもびっくりなのに操縦席まで!これにはこちらから辞退。
天山山脈のポベーダ山(7439m)、ハン・テングリ(7010m)、帯状のイニルチェク氷河、壮大な天山山脈の雪山、大氷河がガラス越しでなく空気を肌で感じながら直接撮影の大パノラマ、大迫力。シャッターを押しまくる。
ベースキャンプのヘリコプター基地に戻る。事前の注意事項、「降りたら背を屈め」「食料、生活用品等を降ろし、帰る人の搭乗までプロペラの風の中、身をかがめて待機。」「ヘリコプターが飛び立ったのち行動」。
メルツバッハ氷河湖キャンプ場(3500m)へ。各自テントを振り分けられて荷をほどく。
昼から雨。下界は38°Cだったため感覚がマヒしていて、夜、エアーマット無しで直に寝袋を引いて寝てしまう。夜中、寒すぎて持参のブルーシートを敷き、ゴアテックスの雨具(体温での水分籠りがなく体が楽)を着、ネパールの毛糸の山岳帽子をかぶるが一睡もできない。デビッドも同様で、2人で起きて敷いたらよかったのに互いに遠慮した。夜が長い。
7月28日
やっと朝になりエアーマットを敷き、朝食まで寝なおす。
朝食の合図のラッパで食堂テントに向かう。テント内で5人のネパール人の視線を感じるので話しかけると知っているネパール人ガイドであった。どうしてここにいるのかは聞かなかった。
食後、歩いて撮影しようとしたが足が動かない。キャンプに引き返し、ハンテングリ、天山山脈最高峰ポベーダ山からの氷河を撮る。平地でトレーニングしていてもザラ場では歩けない。骨折後、寝てばっかりで、体全体が衰弱してバランスが取れないのだ。
昼食は果物が付き、ちょっとだけ美味しい。
食後、氷河の内部を撮影。これまでのパタゴニアでは、氷河ツアーは年齢制限があり、遠くからの撮影のみ。今回は制限もなく、内部からの迫力ある撮影に成功。
夕食はスープ、パン、お菓子だけ。「えー、これで終わり」と声が上がる。デビッド曰く、誰も知らされていないようだがヘリコプターが故障して食料の補充がないとの事。
夜、デビッドが旅行会社の社長から「明日は3便飛ばす意向で、下山の搭乗予定は3便で、3時頃」との情報を持ち帰ってくる。下山か滞在の延長の選択もあるが、再度ヘリが故障したらと思うと、明日、下山することにする。
夜は、昨夜の教訓からビニールシート、エアーマット等、防寒をしっかりて寝袋に入る。
7月29日
さすがに良く寝れた。デビッドは寝袋が薄くて寝れなかったようだ。
早朝、ハン・テングリからの光の差し込みを撮影。のんびりしてたら、「ヘリ1便で帰るからパックパックするように」と言われ、大急ぎで用意してヘリポートに急ぐ。パタパタとヘリの音が山の合間から聞こえ、姿を現す。すごい迫力。しゃがんで着陸を待つ。まずは降りる人、食料、トイレットペーパー等の日用品を降ろしたのちに搭乗。
帰りも撮影にいい席に座る。45分で下界のヘリポートに到着。キャンプでシャワーの後、久しぶりのまともな朝食。
ベースキャンプで仲良くなったバイク・ツーリングのオーストリア人やスタッフと雑談し記念撮影。運転手はツアー会社が手配してくれた陽気なキルギス人・アジーン45才。車はトヨタのエスティマ。ロシア人、15才、5才の男の子と乗り合わせ。カラコルで日本人が経営する人気のホテル松の木まで。
到着後、キルギス在住の元JAIC(日本国際協力機構)職員の夫婦と、職員の若い女性3人とで久しぶりの日本語会話。トヨタ他、駐在の社員、若いJAIC職員の頑張りが、キリギスで「日本大好き」の声になる。車のシェアに表れてうれしい。
部屋はこざっぱりと綺麗。聞いてみると松ノ木の女性オーナー、コックさんも、元JAIC職員とのこと。
昼寝後、オーナーに美味しい食事処や、見どころ(モスク、バザール等)をピックアップしてもらって街を散策をしながら店にむかう。町はゴミなどなくそれなりに綺麗。大学のキャンパスは子ども達がにぎやかに遊んでいる。店は多くの大型バスが停まっていて大賑わい。
レストランに入ったが千円位しか手持ちがないことが分かり、メニューを見ながら考える。デビッドがチーズバーガーとコーラ。僕はジャガイモと牛の煮物とビール、両方で900円。量、価格、美味しさにもびっくり。
ベースキャンプで一緒だったキルギス人山岳ガイドさんが話しかけてくる。
エアコンなしでも夕方からは湿度はなく涼しく快適。熟睡。
いつものことながら寝ている間にデビッドが明日のツアーの車の手配をしてくれる。
7月30日
朝、キャルコバレー国立公園に。案内はタクシードライバー・アサーン55歳が迎えに来る。車はロシアのジープ。子ども、男子1人、女子4人。奥様ロシア人。
ゲートで入園料を払う。以前の豪雨でほとんど壊れかけの橋を点検しながら、運転手だけで慎重に渡る。日本ではお目にかかれない悪路。ぬかるみ、川の中へ。エンジン全開のジープが飛び跳ねる。骨折した箇所が飛び跳ねるほど痛い。
中央アジアのスイスと言われ、カレンダーや絵葉書に出てくるような景色の連続。青空、白い雲、針葉樹、花、川、滝、放牧地に馬、牛、羊、登山客と本当に美しい。目が覚めるほどのビューポイントで撮影するも、なれてくると普通になる。恐ろしい。
ベースキャンプで下車しドローンでの撮影場所を探して歩く。撮影中に大雨になって川が増水。帰る際、橋を慎重に点検して渡る。満足して宿に帰る。
今夜はお金を持って昨日のレストランへ。旅のお祝いでBBQ、赤ワイン、ビールを注文。隣は一族あげて長老夫妻のお祝い。キルギス音楽の演奏でとにかくにぎやか。
外に出るとあやしい風が吹き大雨模様。間一髪、デビッドがタクシーを見つけてきてくれたので無事に帰れる。
7月31日
昨日のタクシードライバー・アシンが日産ブルーバードで迎えに来てくれる。現地に行く前に自宅に招待された。
敷地は建物のほかに庭が150坪くらいあり、鶏は放し飼い。リンゴ、ナシ、イチゴ、ジャガイモ、タマネギ、ニンニク等を栽培。ジャム、ピクルスに加工し、自給自足。
奥様はベジタリアン。麺も自家製。トマトスパゲティをご馳走になる。アシンはボディビルダー。鉄アレイ、サウンドバッグもあり。ギターの弾き語りと男前。家は自分でコツコツ増築中。5LDKくらいあって、その中の1室30畳くらいの部屋がある。子どもと室内サッカー、ネットを張ってバレーボール、鬼ごっこ等、のびのび生活。僕にとって理想の生活。
ジープに乗り換えて出発。
途中、村を撮影しながら、ぬかるみ、橋の無い川を渡り、アップダウンのジープドライブを満喫しながらゲル生活の家庭に訪問。奥様はすっぴんで身支度をしていないので不機嫌。女性に対しマナー違反は何処も一緒。そこでデビッドの馬、羊、犬の鳴きまね。動物の反応がすごく大合唱になる。これには奥様も子どもも大笑い。
機嫌がよくなり、ゲルに招待され歓迎の馬乳酒の洗礼を受ける。パナソニックの蓄電池があったので、テニス仲間でパナソニックの社員、後藤君に画像を送る。早速、嬉しいとメールが帰ってくる。日本のビジネスマンがんばってるな。みんな馬乳酒で歓迎の洗礼を受けて営業してたんやと感慨深い。
一家に別れを告げて大草原のゲルの撮影に向かう。羊、ヤギの放牧地でもデビッドの鳴きまねで家畜が反応し、こちらにやってくるので怖くて撮影が出来ない。とにかくびっくり。加えるに広大すぎて撮影焦点が難しい。
8月2日
今日は休養日。
朝から洗濯して、街を散策。バザールでお土産を買い、JAIC訪問。100年前のキルギスの生活がわかる博物館を訪問。デビッドに、お茶を飲む習慣のない僕を茶店に連れこんでブーイング。ビールならいいのだが。本場の巨大ケバブを食べるが飽きてくる。
ホテルのオーナーに治安のことを聞いてみると、変な人はおらず、子どもが公園で10時頃まで遊んでいても事故無しという。日本では無い光景。
8月3日
朝、8時半にコチコル村(ソンクル湖行の起点)行きのタクシーが迎えに来る。車は日産ブルーバード。ドライバーからもう一人乗せていいかと言われ、了承するとなんとドライバーの彼女が同乗。ま、いいか。何しろ途中、スカスカ峡谷(キルギスのグランドキャニオンとも呼ばれる)の撮影を含めると片道7時間、往復14時間。帰りのことを考えるといい選択。
スカスカ峡谷の撮影で三脚クリップを落とし、探すのにほとんどの時間をついやしてしまい撮影は皆無。「これぞ中央アジア」という真っすぐな砂漠の道で速度違反。罰金。気が付くのが遅かった。
少しして今度はオーバーヒート。ドライバーは1kmほど歩いて砂漠の湖に水を汲みに行く。その間、砂漠に放牧されているラクダを撮影。ラクダは凶暴なので遠くから撮る。2台ほど心配して車を止めてくれる。飲み水もヘルプし給水完了。何とか発進。ここでも道路は中国の一帯一路戦略。中国はその道路でEV自動車を満載して輸出している。
GSでレモンティーを差し入れして車中が和む。
コチコル村に到着後、ドルでチップ。
村の中心から20分くらい歩いて宿泊施設へ。気のよさそうなオーナー夫妻に迎えられ、大きくてきれいな部屋で荷をほどき、シャワー。くつろいだ後、街に散策に出る。ここでも牛の鳴きまねすると100mくらいついてきて離れない。これには村人もビックリ。
マーケットで常備食のオレンジ、バナナ、卵、ビールを購入。アイスクリームを歩き食いしながら、イシク・クル湖、ゲル宿泊のツアーの会社を探したが、営業時間が終わっていて翌日出直すことにする。
8月4日
朝食に日本人だからとお米のお粥を出してくれる。ビックリの心配り。
ツアー会社を3社めぐり、ソンクル湖に行くツアー・パッケージ。バッタイゲルキャンプ1泊りのパックを決め、レストランで野菜と鶏肉、氷入りのビールを食す。
帰ると停電断水。
8月5日
朝、車が迎えに来る。スバルのフォレスタ。
途中、村の子どもたちと交流しながら、砂漠に川の流れるオアシスポイントで撮影。ツーリストで用意してくれたゲルの家族でなく、フリーで撮影をしていた時に仲良くなった子どもの家族のゲルに招待される。昔から客人にいっぱい食べ物を並べて歓待する習慣があり、馬乳酒、スイカ、チョコレートをいただいて楽しくすごす。
ゲルの天井の骨組みがキルギスの国旗に描かれている。この家族は一族で6、7、8、9の4か月間、Wi-Fi、通信手段なし。便利さよりも太陽、月星天、地上との大自然の空間生活を楽しみゲルに住むという。それも10月に雪が降りゲートが降ろされて立ち入り禁止になるまで。放牧民の血が騒ぐのか、この生活を楽しんでいる。
みなさんとの別れを惜しみつつ宿泊地バッタイに向かう。
バッタイで宿泊するゲルで荷をほどき周辺を撮影。
ゲルの宿泊ははじめてでなんかうれしい。ベッドは固くてエアーマットを引き、掛布団も重いので寝袋で寝る。夜、薪ストーブのサービスがあり暖かい。
その夜変な夢でも見たのか、うなされていたとデビッドに言われる。
8月6日
朝から周辺撮影。ソンクル湖に映り込む、空、雲、山並みと放牧の馬、羊、水汲みドンキを撮影。
雨模様になりゲルに飛び込んで避難。ここでも旅人を大事にするということで歓待される。
朝から湖に女性を放り込む風習があるのか、次々に女性が放り込まれている。楽しいのか大笑いしている。
念願のゲル泊り。幻の湖ソンクル湖。天山山脈。シルクロード。放牧とTVでしか見れなかった世界を満喫。ホテルに帰るがスタッフが留守で入れない。玄関でへたりこんでいるとホテルのお父さん夫妻が帰宅。
夕食はバナナ、ハム、パン。
夕方から強風と雨で冷える。ソンクル湖にいたら寒くてゲルの煙突の隙間から雨漏りして震えあがっていたかなと想像。
8月7日
朝からツアー会社を訪問して報告をする。
ツアー前はデビッドと社長の関係がいい感じではなかったが、良いツアーだったと報告すると手のひら返しで上機嫌になり仲良しに。
今回もいろいろな人に出会った。イタリア人エンジニアとソーシャルワーカーの男女。三菱デリカがお気に入りで車中泊とテント生活。ドイツ人の男女は自転車でテント生活。ドイツ、オーストリア、ハンガリー、オーストリア、トルコから飛行機でキルギス、タミルハイウエイでウズベキスタンへと旅を続けるとの事。馬でコチコル村からキルギスを2か月かけて回るというフランス人。
今日も顔見知りになったお気に入りのレストランで氷入りビールで乾杯。
銀行でドルを両替するが、きたない、折れ曲がっているとキャンセルされる。お父さんのおすすめの銀行で両替。パスポート撮影、名前をサインすることで両替してくれるが、入国時に手間取ったので出国時にいやな予感。
8月8日
コチコル村出発の日。ホテルのお父さんお母さんの希望で記念撮影。
ビシュケク行きに、お父さんの友達のタクシーを手配すると言ってくれるが、時間の関係でお断りすることに。9時半に、お父さんがバス停でビシュケク行きのタクシーの値段交渉をしてくれて即決。トヨタのエステマ。
しっかり同乗者。おばさんとその娘さん。エンジニアの旦那さんは大阪で生活。来春大阪に行けると楽しみにしている。聞くと宿泊ホテルに近いマンションに住んでいるというのでタクシー呼び出し等すべてお任せする。彼女はスマホを使ってタクシーを呼び、値段交渉をする。ひとりで生きていく生命力がすごい。
ホテルに無事帰る。
8月9日
朝、ホテル主催のアラ・アルチャ自然公園トレッキングに参加。
ホテル手配のタクシーが迎えに来る。同乗者はスパイン人男子、フランス人女性のカップル。
16時に再集合で、フリートレッキング。素晴らしい景色を求め、ゆっくり川沿いを歩き出す。
途中、ウズベキスタンから来たおじさんグループから「我が国のサマルカンドに行ってきたか?」と尋ねられる。怪我の関係で来年行くと返事した。
橋を渡るおじさん。馬に乗ったレンジャー。いい写真が撮れる。
帰りにドライバーがホテルとの契約内容の解釈違いですねる。もめている間にホテルの食堂でテイクアウト。魚の素揚げ、とりもも、ジャガイモの煮物等。
ドライバーに、チップを渡すと上機嫌。スパー前で降り、ビール、焼きたてパンを買う。最後の夜をゆっくりする。
8月10日
最後の朝食。ホテルのみなさんに挨拶をし、迎えの大型ベンツのタクシーで国境を越え、カザフスタン国境へむかう。
国境越えは先にも述べたようにドキドキ。すると係官が日本語でありがとうと言ってくれてスムーズに通過。カザフスタンへも「こんにちは」「ありがとう」と日本語で入国し、待機しているベンツのタクシーに。正直ほっとする。
ドライブはさすがベンツの大型。140kmで走ってもゆったり感。7時間かかって空港に到着。運賃のほかに10ドルのチップを渡す。すごくよろこんでくれる。7時間かけて帰ることを考えるとお礼は当たり前。
日本では台風6号が接近。
8月11日
前日はインチョン行はノーフライト。
台風の影響がインチョンでもと聞くと昨日は500便フライト無しであったと。今日でよかった。
8月12日
機内食は韓国の焼肉ビビンバ。旨い。
インチョンから北九州空港着。国内線に乗り換えのためバスで移動し、名古屋中部国際空港に向かう。入国後すぐ佐川急便にザックを出し身軽になる。地下鉄に乗って新幹線。のぞみの指定が1席空きあり。乗る前にどうしてもきしめんを食べたくなって、食べやすい冷やしきしめんを流し込み、のぞみに飛び乗り新大阪から中山寺に自宅に帰る。
久しぶりの奥さんがいない我が家。猛暑酷暑のため植木が一部枯れている。散水を頼んでいても枯れている木がある。
いい旅でした。
旅を振り返って。
まず、相棒のデビッドに感謝。パタゴニア地域遠征時にも感謝する場面がいくつもあったが、今回は異国での骨折という局面で、病院の手配や対応、旅の再プランニング等、労苦を惜しむなく接してくれる人柄。いい人、好いやつ以外の何物でもない。今後もよろしく。ありがとう。
今回の旅を終えて。
旅の最中にも感じていたが、人との出会い、その人に会いに再び訪れたいと思う旅になった。
撮影者
Photographer
堀口裕央
Yasuo Horiguchi
撮影機材
Photographing Materials
Camera:FUJIFILM GFX 100
Lens:GF 32-64mm F4
撮影期間
Period
2023年7月16日~8月12日
2023.7.16 - 8.12